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2007年5月15日 (火)

ハーモニカホルダ復刻作戦への過程

B

去年の11月に、豊田勇造さんのライブが、博多駅の近くのライブハウスであって、僕は前座をさせてもらった。

豊田勇造さんのことを、全くしらなかったぼくは、強気に構えていて、顔もわからないので、どんな歌うたいの顔なんか拝んでやろうやんか、という勢いだった。その日、

豊田さんは僕の尊敬する人になった。

………豊田さんは、高田渡さんと同じ年で、いいお付き合いをしてらっしゃったようだ。これは、本人に聞いた話ではないが、ライブで歌っていた歌コーヒーブルーズが物語っていたので、間違いないだろう。

高田渡さんをご存知の人は話がはやいが、豊田さんは、1949年生まれの所謂、フォーク全盛期の立役者なのだ。ぼくは京都の「拾得」という(30年以上やっているらしい)老舗ライブハウスで一度ライブをしてみたいのだが、豊田さんは、出来た当初からそこでやっている、「拾得の豊田勇造」とよばれている、というのだ。これは、僕と同じく、豊田さんのライブの時に前座をなさった、美和けんじさんが教えてくれた。美和さんは、豊田さんの大ファンであるということを、わかりやすくさらけ出していた。

………で、やっと話の本題である。豊田さんが持っていた
ハーモニカのホルダは、あのニールヤングや、ボブディランとかが70年代に使っていたそれだった。豊田さんがライブのリハーサルの時に、ホルダを取り出した瞬間、叫んでしまった。短く、おおきく、「アッ」と。豊田さんが30年くらい前に、ニューヨークで手にいれたのだそうだ。僕は、10年以上前から、そのホルダを手に入れることが、僕のちいさな夢なのだ!それを目の当たりにしている。これは、正にあこがれの人に会った心境なのだ!(まあ、ぼくはおわかりのように、ソコのところの感覚が少しずれているが、まあいいではないか。)僕はその時、悪いが個人的にもう前座どころじゃないなと、そこで思ってしまった。おかげで、ぼくの演奏はボロボロだった(今だから理由を話すのだが)。

話は少し戻るが、ホルダを見つめるぼくに豊田さんは、少し引いていたが、僕がすかさず、友達にソレに似せてつくらせたホルダをお見せする(金属工芸家の友達にオリジナルのハーモニカホルダをつくってもらったもの)と、つくることができるんだねと、興味をもってくれた。ぼくのハーモカホルダに、ではなくて、ぼく自身に。豊田さんは、僕のボロボロの演奏も客席で率先して音頭をとってきいてくれた。………僕はそんな気さくな豊田さんのすばらしい人柄のおかげで、そのホンモノのハーモカホルダに手を触れられなかった。ホンモノが持っていた道具だったからだ。

………だが、僕にとってこれはすごい収穫だった。野望が浮上!ぼくのためだけの一品だけの復刻作戦が、ライブの次の日から、ただ一人、実現すべく動き出したのである。そして、友達の金属工芸家の協力が、………あれからはや半年がもう過ぎようとしている。ハーモカホルダ復刻作戦の結末はいかに!!

次回を好ご期待!僕ただ一人が、ただ事ではないのである。

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コメント

「豊田勇造」と言う名前は、正直なところ初めて聞いたけど、どうも吾輩と同年代のようですね。

その昔、「ベ平連」とか「フォークゲリラ」などで歌っていたようで、ひょっとしたらその昔、新宿か何処かで見たかもしれない。とか思ったりしました。

どんな詩を歌っているのか興味津々です。

ところで、長年の憧れの「幻のハーモニカホルダ」を手に入れる方法を聞けばよかったのに。


投稿: gaku | 2007年5月20日 (日) 20時56分

その通り!
ただ本人舞い上がりすぎてそれどころじゃなかったそうです。

投稿: 管理人 | 2007年5月20日 (日) 21時36分

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